仙台高等裁判所 昭和56年(ネ)305号 判決 1982年6月30日
控訴人 菅原透
被控訴人 大山幸市
主文
本件控訴を棄却する。
控訴費用は控訴人の負担とする。
事実
控訴代理人は、「原判決を取消す。被控訴人は控訴人に対し金一八〇万円及びこれに対する昭和五五年一〇月一〇日から支払いずみまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は第一・二審とも被控訴人の負担とする。」との判決及び仮執行の宣言を求め、被控訴代理人は控訴棄却の判決を求めた。
当事者双方の主張及び証拠の関係は、次に付加するほか原判決事実摘示のとおりであるからこれを引用する。
控訴代理人は次のとおり述べた。
「(一) 身元保証契約は、身元本人が負担する損害賠償義務について民法上の保証人としての責任を負う旨を約するものであるから、現実に発生した身元保証人の賠償責任については民法の保証債務の規定が適用され、連帯して身元保証人となつた数人の者は分別の利益を有しない。分別の利益を有しない保証人相互間の負担部分は平等である。もつとも、身元保証に関する法律第五条の適用により複数の身元保証人が負担すべき金額に差異を生じることがあり得るけれども、これは、個々の身元保証人が債権者との間の訴訟の場においてそれぞれに固有の減免事由を主張立証した場合に例外的に生じることがあるに止まるものである。ところで、被控訴人は、訴外株式会社三和商会と控訴人との間の本件身元保証契約に基づく損害賠償請求事件(仙台地方裁判所昭和五二年(ワ)第一一三号・以下「別件訴訟」という)について控訴人から訴訟告知を受け、これにより自己に固有の減免事由を主張立証する機会を与えられながら同事件に参加せず、自ら身元保証に関する法律第五条の適用を受けることによる利益を放棄したのであるから、控訴人との間では、もはやその責任割合についてこれを争うことは許されない。従つて、被控訴人は、民法の保証債務の一般原則により、控訴人が支払つた賠償額の二分の一についてこれを負担すべきである。
(二) 別件訴訟につき裁判所が和解を勧告した際に、控訴人は裁判所に対し、被控訴人を利害関係人として参加させたうえで和解手続を進めるよう強く主張するとともに、控訴人としては将来被控訴人に求償することになるので裁判所の認容額を明示するよう要請し、結局和解手続が打ち切られたという経緯があつた。そのため別件訴訟につき裁判所は『原告は他の身元保証人には請求していないこと』と特に判示し、控訴人が負担すべき額(それは全損害額の二割ないし三割程度とするのが相当であつた)を超えて全損害額の五割強の額を認容したのである。従つて、別件訴訟の認容額には被控訴人の負担すべき額も含まれているのであつて、この点からみても被控訴人は控訴人に対し本件求償債務を支払う義務がある。
(三) 原判決は、身元保証債務は不真正連帯債務であるから保証人相互間に求償関係は生じないと判示しているが、本件のように一通の書面で複数の者が連帯して身元保証契約を締結した場合には真正連帯債務が発生するのである。なお、不真正連帯債務相互間にも求償関係は生じ得るのであるから、不真正連帯債務と解するのが仮に正当であるとしても、これを理由に求償権を否定するのは失当である。」
被控訴代理人は、右の主張に対する反論として次のとおり述べた。
「(一) 控訴人の主張(一)のうち、別件訴訟について被控訴人が控訴人から訴訟告知を受けたもののこれに参加しなかつたことは認め、その余は全て争う。身元保証人の責任の有無及び額は、身元保証に関する法律第五条により、それぞれに固有の一切の事情を斟酌したうえで各別に定められるべきものであり、特定の身元保証人が賠償すべき額を身元保証人全員に平分したり、あるいは個々の身元保証人が賠償すべき額を合算して全員に連帯支払義務を生じさせるようなことは、身元保証に関する法律第五条の意義を没却するものであつて許されない。また別件訴訟は、訴外株式会社三和商会が控訴人だけを相手方としてなしたもので、同訴訟で控訴人が負担すべきものとされた金三〇〇万円は、控訴人に固有の一切の事情を斟酌して定められた控訴人の個人的負担額であつて、被控訴人としては別件訴訟に参加する理由も必要もなかつたのであり、被控訴人が右三〇〇万円の一部を負担すべき理由は全くない。
(二) 同(二)のうち、別件訴訟において裁判所が当事者に和解を勧告したこと、その際控訴人が被控訴人を和解手続に参加させるよう主張したことは認めるが、その余は全て争う。別件訴訟において裁判所が控訴人に負担させた額の性質については前項に述べたとおりである。
(三) 同(三)は争う。身元保証に関する法律第五条の趣旨によれば、身元保証人の賠償責任の有無及び額は各別に定められ、各々その金額の限度で身元本人と連帯支払義務を負うに止まるからいわゆる不真正連帯債務であり、保証人相互間に求償関係は生じない。このことは、複数の者が一通の書面で身元保証をした場合においても同様である。」
理由
一 当裁判所の本件に対する事実認定は、次に付加するほかは、原審の認定と同一であるから、原判決理由第一、二項の記載をここに引用する。
(当裁判所が付加認定した事実)
成立に争いのない甲第二号証、原審証人村山利彰の証言及び原審における被控訴人本人尋問の結果によれば、控訴人は早坂栄三郎の妻の実兄であつて、同人らの依頼により本件身元保証をなすに至つたものであるが、右のとおり栄三郎と控訴人は義兄弟の間柄であつたことから、控訴人は栄三郎の性格、財産状態、生活態度等を把握し助言指導を行うことが容易な立場にあり、栄三郎の雇主である訴外株式会社三和商会も控訴人の栄三郎に対する指導監督を期待していたこと、一方、被控訴人と栄三郎とは顧客とセールスマンという関係で交流があつたものの、それ以上の親しい交際があつたわけではなく、被控訴人が栄三郎の身元保証人となつたのは、三和商会の内規上身元保証人は二人以上とされていたため、その員数に合わせるために形式的に名前を連ねたに過ぎず、被控訴人自身栄三郎を指導監督し得る立場にもなければ、同人を指導監督する意思もなく、また、三和商会としても、被控訴人が栄三郎を指導監督することに期待していなかつたばかりか、被控訴人が同社にとつては長年の得意先であつたこともあつて、被控訴人に身元保証人としての責任を負わせることは極力避けようと考えていたこと、三和商会と控訴人との間の別件訴訟の係属中、裁判所が当事者双方に対し和解を勧告したことがあつたが、その際控訴人は被控訴人を和解手続に参加させることを強く希望したが、これに対し三和商会は被控訴人が同社の得意先であることを理由に被控訴人を和解手続に参加させることに反対し、結局和解手続は進展を見ないまゝ打切られたこと、また、控訴人は別件訴訟の係属中、被控訴人に対して訴訟告知をしたが、被控訴人は右訴訟に全く関与しなかつたこと、その後、三和商会は被控訴人に対し身元保証人としての責任を追及することなく現在に至つたこと、(以上の事実のうち、別件訴訟の係属中裁判所が和解を勧告したが、その際控訴人が被控訴人を和解手続に参加させるよう主張したこと、控訴人が被控訴人に訴訟告知をしたこと、しかし結局被控訴人は別件訴訟に関与しなかつたことについては、いずれも当事者間に争いがない)、以上の事実を認めることができ、右認定を左右するに足りる証拠はない。
二 ところで、裁判所が特定の身元保証人について、身元保証に関する法律第五条を適用して同人の賠償責任額を定めた場合には、裁判所は、被用者の監督に関する使用者の過失の有無、被用者の任務又は身上の変化等、全ての身元保証人に共通する諸事情を斟酌するほか、当該身元保証人が身元保証をなすに至つた事由及び身元保証をなすにあたつて当該身元保証人が用いた注意の程度等、当該身元保証人に固有の諸事情をも斟酌すべきものとされているのであるから、これら一切の事情を斟酌して確定された賠償額は、当該身元保証人固有の負担部分に外ならないというべきであつて、原則として他の身元保証人の負担部分を含まないものと解するのが相当である。従つて、身元保証人が裁判所の確定した賠償額を使用者に支払つた場合に、身元本人にその全額を求償し得ることはいうまでもないけれども、他の身元保証人に対しては、原則として求償権は発生せず、例外的に裁判所が複数の身元保証人に対して連帯支払いを命じた場合とか、身元保証人が自己の負担部分を超える額を使用者に支払つた場合等でなければ、身元保証人相互間に求償関係が生じることはないものというべきである。
三 これを本件についてみるに、前記認定事実の下においては、三和商会は被控訴人に対してその責任を追及する意思が全くみられないこと、および別件訴訟の判決が、控訴人に関わる一切の事情を斟酌して全損害額の五割強の賠償額を定めたうえでその支払いを控訴人に命じたものであること等に鑑みると、本件事案は、被控訴人にも連帯して身元保証責任を負担させるべき特段の場合には該当せず、従つて、別件の判決が確定した賠償額は、控訴人自身の負担部分に外ならず、被控訴人の負担部分を含まないと解するほかはない。この点につき、控訴人は右判決が「原告は他の身元保証人には請求していないこと」と説示した部分をとらえて、右説示部分は認容額に被控訴人の負担部分をも含ましめた趣旨と解すべきである旨主張するけれども、同判決(前掲甲第二号証)の他の部分と対比すれば、右説示部分は、むしろ控訴人の負担額を減額する一根拠として説示されたものとみることができるのであつて、右説示部分を根拠に右判決が被控訴人の負担部分を含む額を定めたものとみるのは相当でない。また、控訴人は、被控訴人が別件訴訟の係属中控訴人から訴訟告知を受けたにもかかわらず、同訴訟に参加せず、これにより身元保証に関する法律第五条の適用を受ける利益を放棄したから、もはや控訴人との間では責任割合について争うことは許されないと主張するけれども、右にみたとおり、別件訴訟の判決で控訴人が支払いを命じられた賠償額は、控訴人自身の負担部分とみるべきであつて、これにつき控訴人は被控訴人に求償する余地がないから、被控訴人が同条の適用を受け得るか否かは本件の結論を左右するものではないうえ、別件訴訟において被控訴人の責任割合は審理の対象とされていなかつたのであるから、この点に関し別件訴訟の判決のいわゆる参加的効力が及ぶいわれはなく、従つて被控訴人が身元保証に関する法律第五条の適用を受ける利益を放棄したことなどにはならないのであつて、いずれにしても控訴人の右主張は失当である。その他、身元保証契約が一通の書面でなされたか否かは、現実に発生した身元保証債務の性質を左右するものではない。
四 以上のとおり、控訴人が三和商会に支払つた金員は、身元保証人としての自己の負担部分に過ぎないから、控訴人の被控訴人に対する求償権は発生しないというべきである。従つて、控訴人の本訴請求は、その余の判断をまつまでもなく理由がない。
五 よつて、控訴人の本訴請求は失当としてこれを棄却すべきところ、これと結論を同じくする原判決は結局相当であり、本件控訴は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九五条、第八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 小木曾競 伊藤豊治 富塚圭介)